「ミュンヘン」を観て、映画の形を考える。

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  「ミュンヘン」を観る。感想もどき。

スティーヴン・スピルバーグ監督が、1972年のミュンヘン・オリンピックで実際に起きた事件の真相を、事件に関わった人々のコメントや、史実に基づいて映画化した衝撃の問題作。

ここ最近の評判のいい映画を観ながら、素晴らしい映画だけど、妙な違和感を感じて
いた理由がこの映画を観てはっきりしました。

映画としての、完成度が格段に違う。もちろん、新しい時代の新しい表現は正しいの
だけど、映画本来が受け継ぐ、表現方法の成熟度を捨てる必要は無いし、それを、
正しく受け継いで欲しいと思います。

スピルバーグの、カメラワーク、フィルムカットすべてが、延々と受け継がれた映画
の魂を、消すこと無く守り続けていることを、強く、強く、感じた作品でした。

「ダークナイト」のクリストファー・ノーランや、「ゼロ・ダーク・サーティ」の
ジョナサンビグロー、その他、新興の映画監督の作品も素晴らしいのだけど、
何かしら、落ち着かない。しっとりと、しっかりとした映画の形が無い。

この数日、黒澤明の「椿三十郎」や「蜘蛛の巣場」など、観たのですが、映画の形
を実に大切にしています。カメラや、フィルムカット、自由を許さぬ役者の動き、
それの組み合わせで、魅了する映画の息吹を息づかせる。とっても、とっても、
素晴らしい体験でした。

この映画は、スパイアクションであり、そこに、濃厚で陰惨な社会の理由が積み
重なり、息も出来ない現実の世界情勢を見せていきます。そして、社会の隙間に
生活をしながら、人には見えない戦争を継続してる性が存在実に地味で希薄な動
きを見せます。

スティーブン・セガールや007の様な派手な立ち回りも無く、人が気づかないこ
とを基本としている対応の連続です。それを、一時も睡魔に襲わせず、また、
夢想に耽らせさせ無かったのは、たぐいまれなる、映画としての構図と意図と、
絶望的な現実に置かれた人の顔でありました。そして、それを3時間弱まったく、
途切れさせず、生きながらえさせたスピルバーグの才能です。

もう、彼が僕が知っている、本当の映画を魅せてくれる最後の監督なのかもし
れません。もちろん、これからも素晴らしい映画の創造者は確実に現れると、
胸を張って答える方々がいる。しかし、それは僕の映画ではなく、全く、違っ
た映画のようなもの、別の意味での想像の極み。美の表現です。

映画を観る環境や、観る人々の目的も違っている。それを、考えると、僕の
知っている、本当の映画というものは、老兵のごとく消え去るものになる。
それが、人は進化と言うだろうし、新たな飛躍とも言うかもしれません。

それは、それで一概に悪とは言えないのです。

なんだか、この映画を観ながら、あんまりもしっかりとした腰のあるスピル
バーグの演出に感心したので、こんなことを書いてしましました。 

それから、役者も良かった。主人公を演じているエリック・バナなかなか
好感を持てる人で好きですね。ふと思ったのですが、彼にバットマンをやって
もらってもいいのではないでしょうか。ちょっと、過ぎますが、あの、シャイで
陰のあるところが悪くないと思うのですが。 

 

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