「河童」を覗いて

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芥川龍之介の「河童」を始めて読む。

古典の名作だ。でも、

すごくわかりやすく飄々と言葉が進む。だからだまされる。その端々に繊細な傷があることに。

この後、芥川龍之介は自死を選ぶ。


世の中の端々にこれほどまで敏感に繊細に疑問を投げかけざる得ない精神はあまりにも脆い。

正面からそれを書くほど無分別ではない彼は、河童を通しておどけて見せる。噛み砕き易くするために。

人が産まれ生きていく、その中から出てくる不確実で不分別をひっくり返し河童の世界は進んでいく。

その中で反発し、理解し、いつしか一部となり、自身も河童のなった時、別のものとして人の世界を見たとき、憧れに似た親しみを思い出す。

その気持ちに抗することが出来ず、再び人間の世に生まれ出た主人公は、あらためて河童の世界を愛しむ。

その心と一つになるように、幾度も友たる河童が現れる。思い出に浸りながら、閉ざされた場所でとくとくと語る河童との会話。

土産を持ち現れる河童との時間を嬉々として語る狭い病室には、何も無い。ほんとうに彼は河童の世界に行ったのか。狂った精神の産物なのか誰にもわからない。

静かにここで物語は終わる。

読み返したくなる。その奥に隠されている何かをまた探してみたくなる。それと出会った時に、自身も狂った河童の世界を見てしまうかもしれないのに。

これが文学というものなのか。恐ろしい。

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