Diary

期待のない世界。挫折のない世界。

 

 

Jiburi 

  期待はいらぬ。

Podcastでジブリ汗まみれを聞いていたら、
ジブリの鈴木敏夫さんが、自分は挫折したことがない
との話をしていた。

いろんなことに期待をしないから、挫折しないのだ
と言う。

結果を望んで、期待するから結果によって上がり下
がりをしてしまう。期待をしなければ、結果に左右
されない。

鈴木さんは期待をせず、とにかく動いていれば何と
かなるだろうと、実に楽観的に、影なく、生きている。

とにかく、あらぬ期待ばかりして、それでいて比較
し、能力の足りなさを嘆き、結果に一喜一憂してし
まうことが実に多い。

何事にも、飽きっぽく、続かないのは自分の内面を
見ずに、他人の事ばかり、結果ばかり見ているから
だろう。

自分の才能や、能力や、出てきた創作や、そんなも
のに期待などせず、ただ、書きたいから書き、撮り
たいから撮る。そんな、悠長な生き方をしなくては
と、思った。

 

 

 

 




 

 




 

 

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好きで、好きで、好きな人生を見つける。

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愛用しているほぼ日手帳の今日の言葉が、

「勉強じゃなくていいので
好きで好きでたまらないことを
ひとつみつけて、つきつめちゃおう。
そのプロセスがあなたにとって理想の勉強法です。」

日経BP柳瀬博一さんの言葉だった。

なんだか、妙に感動して、やっぱりすきですきで
たまらないことに出会えて、それを、夢中で
やれるってことは、ほんとうにしあわせだろうな
と思った。

どうしてもおとなになると、目先の損得で
行動してしまうけど、それが、しあわせなの
かはわからない。

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まあ、損得をちゃんと考えて、行動できる人
こそ、できる人でみんなから褒め称えられる

のはまちがいないけど、しょうじきなんだか
つまらない。

時間をわすれるほど、夢中になって自然に時間
がすぎていく、わくわくしてたまらない。
それこそが生きていることだと思う。

MacやiPad、iPhoneがすきで、スキで、
お金かんかなかったけど、欲しい想いだけで、
突っ走って、あれよあれよという間に、
身の回りがAppleばかりになった。

otyanomizu-201311_ 1 (4)

とてもワクワクした。たのしかった。
もう、Macのキーボードを打っている姿を
夢想しては、悦に入っていた。それが、
事実となって今になる。

でも、最近そんなワクワクがなくなった。
いやほんと、厳しい世の中だから、こんな
ことをしなくちゃとか、お金が回らないとか、
ずぶずぶと沼の中に落ち込んでいる。

次第に、頭が下を向く。
伏し目がちになる。

わくわく無邪気な気持ちが幼く感じ、鼻で
笑っている自分がいる。

 

otyanomizu-201311_ 6 (2)

確かにおとなとしてはただしい態度なんだけど、
つまらないよね。

そんな気持ちの今、この言葉にであったんだ。
周りを取り巻いている、さまざまな不都合を
振り払って、もっとかんたんに、シンプルに
好きで、好きで、好きなことを見つめないと
な。そう思う。

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ライカの思い。左手と右手。

カメラ雑誌の「KAMERA magazine」がライカの特集をしていた。
今年でライカ誕生100年。それを記念して、1冊まるごとライカ
を取り上げている。

決して、手に入れることなど叶わぬカメラだが、カメラ好きにと
っては、常に心の片隅に存在し続ける、憧れである。

コク深い孤立した存在感を持つ、独自の装飾をほどこした色を
記録する、ライカ故の写真が多数掲載されていて、ページをめ
くる度にため息が出た。

昔、銀塩カメラを使っていたとき、愛用していたのがNikonの
FM2だった。35mmと85mmの単眼レンズを、青息吐息なんと
かそろえ、常に持ち歩いてはひたすら写真を撮っていた。

FM2は基本に忠実な機械式カメラで、AEなどなく写すごと、
絞りとシャッターを合わせながら撮影する。ただ、それが
使い込むと、とても楽しく有り、便利だった。

意図したぼけ具合に合わせ露出ダイヤルを回し、そして、
シャッターを決める。基本、露出優先で撮っていた。

AEがないから、露出補正設定はなく、レンズにある露出
ダイヤルを微妙にずらして、アンダーにしたり、オーバー
にしたりしていた。基本左手の露出、右手のシャッターの
みの操作で写真は完結する、単純で心地よいものだった。

今、NikonのD7000とか使っているが、やたらボタンやら
ダイヤルやらが多く、また、設定内容も無限にあるので、
どうにもややこしく、面倒極まりない。時より、FM2の
ままのデジカメは出ないだろうかと考える。

結局、撮れさえすれば良いのだから。

ただ、日本のメーカーではそんなことは無理だ。
FM2をそのままデジカメにしても、肝心のレンズに露出
を設定するダイヤルは無い。わざわざ機構の多い面倒な
レンズは作らない。

露出優先で撮る癖がついている僕にとっては、直感的に
露出値を決められないのは実にもどかしい。懐古趣味の
Nikonが先ほどDfを出したが、キットレンズとして50m
mf1/8Gにも露出ダイヤルが付いていない。個人的には
レンズも懐古趣味に疾走し最新の写りの最古の風貌を持
つDf仕様レンズを作って欲しかった。

さて、こんな絶滅危惧種のカメラ愛を、現時点で満た
そうとするならば、そう、ライカしかない。レンズも
カメラの一部で有り、レンズの操作感を含めての
操作性こそが、カメラという撮影機械の重要性である
と、幾たびの会社清算の憂き目を浴びながら、守り抜
いたカメラメーカーである。

もちろん本体とレンズを合わせて、100万オーバーの
M型ライカは高嶺の花だが、また、いつの日か左手と
右手を小気味よく動かしながら、写真を撮ってみたい、
そう思う。

 

創造性とは。諦めの夏。

 

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創造性が日本人にはない。有名な芸能人が日本サッカーを称して
言ったとか。

秀才的に物事を積み重ねて行くことは得意だけど、
底の底から一気にひっくり返し、上に立つ事は難しい。

それが正しいのか、正しくないのか、僕はよくわからない。
あっと驚くようなことをやり遂げる日本人もいるだろうし、
真面目な積み重ねが、日の目を見ることもある。

少なくとも僕自身は、本当に創造力がないなあと、つくづく
感じている。色んな事を手を出したけど、結局、それが一発
逆転の結果には結び付かなかった。良いところまでは行ったの
だけど、なんだか残らない。

 

tokyo-daikanyama4511-62

創造性、創造力、そう言えばあちらこちらで耳にする。
ドラッガーも一番大切なのは、「顧客の創造」だと強く!強く!
語っている。それをさんざん彼の書籍から読んでいて、モレス
キンのノートにも、愛用の万年筆で書き込んで、忘れないように
心がけているのだけど、結局、すっかり、こぼれ落ちている。

そう言えば創造性って何だろうか?

自分の資質を十分理解し、強みを選び、目標を先鋭に絞り、
それに対して、あるときは一気呵成に、またあるときは理不尽に
行動して、環境を覆して、考えられないほどの結果を出す。
てっところか。

tokyo-daikanyama4511-61

 

ただ、選択と集中とか、現実を帰る行動とか、あるが。それ以上
に大切なことがある。それが、他人を気にしない事。

創造的な事を、想像して行動しようとすると、どうしても他人や
環境と違うことをしなくてはいけなくなる。その時に、いちいち
人の目や口を気にしていたら何も出来ないし、行動も鈍くなる。
そんなことを気にしなくて自分勝手にやれる勇気が必要だ。って
思う。

結局その辺の人の目や口が自分では気になってしょうが無いから、
ふらふらしてしまうんだろうなと、結論づけてしまう諦めの夏で
ある。

 tokyo-daikanyama4511-60

 

 

 




 

 




 

 

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書き続けるこれから。

 

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ブログを書こう。
ブログを書いて何とかなれば幸せだ。
Podcastにブログで飯を食うための質問という
記事を紹介していた。

その中で、毎日7時間ブログを書けるかという
質問があった。紹介しているトーカーはそんな
必要は無く、それ以前に効率的に書ける方法を
考えよと言っていた。

僕もそう思う。だけど、ある面、とぼけた僕な
んかはそれぐらいの時間をブログに費やしても
損は無いかもしれないとも思う。

 

k-tokyo-nipponnbashi4511-18

 

それにしても、ブログは難しい。

せっせと書いてもさほど読んでくれない。
やっぱり大して内容が無いのか?質がお粗末
なのか、多数あるのだろう。

他人のを読むと、どうしてこんなめったやたら
綺麗で内容のあるものを書けるのだろうかとと
ほほと思う。

誰も見てくれなくても、誰も褒めてくれなくても
スキだからやってみようと思う。さほど、人生も
残り少なく、たしててやることもないので、自分
の生きた証として、書いてみようとしている。

そう言えば、質問の中で「アクセスが少なくても
書き続けられるか」とかいうのがあった。だから
僕もせっせと書き続けよう。

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優秀な人はノートが100円。身勝手な法則。

 

 

 

 

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  題名:優秀は人はノートが100円

今日、ある打合せに参加したのだけど、
担当者が和久井映見に雰囲気が似ている人だった。
和久井映見と言っても最近映画もテレビも見かけなくなったので
わからない人も多いと思うが、少し前、かわいくて演技が抜群の
名のある女優として、映画やテレビに引っ張りだこだった。

顔の作りが基本的に同じだから、声もそっくりで少しばかり、
気になりつつ、さりとて、それを悟らせず、打合せを粛々と
進めていた。


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その所作から、見るからに仕事が出来る人だった。
とにかく自分は優秀で競争に勝ち、今にいたる。なんて、
残念な出来る人で無く、流れるような受け答えや、相手の考え
をつかめず、右往左往していない所作で、話を実に丸くまとめて、
気がつけば時速100kmになっていたと言うような回転の速さだった。

いつもこんな感じで、仕事の話がまとまれば本当に苦労しない。
意外と、男女問わずこんな感じで、要所を固められる人は少ない。
要点がズレていたり、挙げ句の果てには高圧的に要求を押しつける
人も少なくない。

てな感じで、いい気分でぼんやり眺めつつ、話を詰めていた時、
ふと、その人が取っていたノートが気になった。文具フェチ、
ノートフェチの性である。

どこでも売っているような、コクヨの大学ノートを使っていた。
それに、シャープペンシルで細かく書き込まれている。

そう言えば、頭がいい人、仕事の出来る人は、僕の体験した限り、
平凡な大学ノートを使っていた。かなり使い古されている場合が
多く。中身を見ると、本当に細かくあれこれ書き込まれている。

僕の場合、文具フェチというか、能力のなさを文具がきっと改善
してくれるだろうと、文具系の雑誌を読みふけり、丸善あたりで
1000円もしようかという、ノートやメモを買ってしまう。

今も、モレスキンを使い、たわいもない健忘禄とし、少し前は
ロディアのメモであれこれ書いていた。確かに、満足する書き味
であり、手の持った時、万年筆で書いたとき、いい気分になるの
だけど、それが、自分の向上に役立っているのかというと、実に
霧の中。

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何度ももうやめようと思うのだけど、結局はノートとしての
質の高さや、それ以上に文具としての思想の高さに吸い込まれて、
ついつい、買ってしまう。

でも、思うのだ。

本当に知性の豊かな人は、別にノートなどこだわらないし、
どんなノート出会っても高い生産性をはき出すことが出来る。
逆に、効果で素晴らしいノートに意識を奪われて、意識がほんの
ちょっと、横道に逸れる事を嫌っている節もある。そう思うぐら
い、僕の接した優秀な頭のいい人は、安いノートを無造作に使い、
それに、知性の宝庫というべき事柄を書き続ける。

ノートの取り方というと、この間、「鍵泥棒のメソッド」なる
映画を観た。そこで、記憶喪失となった主人公がまず手にするのが、
ノートである。売店でノートとペンを買い。自分の現状と、課題、
そして、目標を書く。これが、ノート術のお手本のような素晴らし
さで、実にいい小道具として使われている。この監督のセンスが
光る。


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それにしても、相変わらず僕は上手くノートが取れない。なんとか
書かねばと、ひたすら日々の出来事をモレスキンに書き込んでいる
が、それがどうしたである。ただ、遮二無二書いて、後から読み直
すと、結構胸を打つこともある。何事も無駄と思わず続けてみても
いいのかもしれない。

そんなこんなで、優秀は人は100円の大学ノートを使っている。
そんな、話をつらつらと。

 

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切磋琢磨

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最近仕事が暇なので、落ち着いて新聞を読み、本を学び、
文章を書けるようになって来た。

矢継ぎ早に仕事が降ってきているときは、時間はあっても、
責任やらなにやらに押されて、周りを見つめる余裕がなくなる。

こんな仕事のしかたはしたくないのだけど、どうしようも無く、
自分で行動を決められない苦しさがある。

 

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さりとて、それを捨てる勇気も、能力も無く、ましてや、
残業という、実質的時間の浪費で、お金が左右されているから、
せっせと、仕事をため込んで、稼げるときに稼いでいる。

だけど、やっぱり仕事もしつつ、周りを見て、自分の中身を
はき出せる余裕も欲しい。一時的に来た仕事を、身を粉にして、
自分が壊れるギリギリで、次々と処理していくことは肉体的にも、
精神的にも、絶望しか残らない。

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自分の中に希望を包み込める、そんな人生を送るには、
いったいどうすればいいのだろうか?

ちょっと、暗すぎるか?

一度きりの人生。摩耗するのじゃ無く、希望に向けて
切磋琢磨したいものだ。

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“狂気”と寄り添う。

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菊地成孔氏の言葉が心に引っかかっている。
文章を読む人は、精神的に厳しくなる場合が多いと。
複雑な表現の結果である、音楽を聴く方が良い、心を
改善するには。

 

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文章を読むこと、それ以上に書くことは、特に内証的
な赤裸々な言葉を綴ることは、自分自身をある“場所”へ
落とし込まなくてはいけない。そう、感じる。

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“狂気”とか“隔絶”とか言われる場所へ、自ら歩みを進め、
落とし込んでいかなくてはならない。

だからこそ、言葉の一つ一つに日頃の生活で流されてしま
う叫びを感じ、感動する。逆に、同じ場所へ取り込む“狂気”
が寄り添う。

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たしかにそうだが。

書くことで、行き場の無い言葉が、を見つけられること
ができる。それにより自分の中で育つ、汚れた心がほんの
少し、拭われるのも実感している。どうしようもなく、
“狂気”に寄り添わざるをえない人が世の中にはいるのだ。

 

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寄り添う恐怖との付き合い方

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恐怖とどう戦うのか、駆逐できないまでも欺くにはどうすれば
いいのだろうか?

望む未来が立ちふさがり、恐怖を生み出す。
なにもない平原を歩いているだけなら、無味乾燥な現実
しか感じないのに、切望を思い描いた瞬間、届かぬ恐怖が
身を包む。それと、歩まねば無くなる。

歯ぎしりしながらナイフを突き立てて、眼下の果てに追い
やる勇気も力もない。言い難い現実を抱えた僕はどうすれ
ば良いのだろうか。

寄り添う恐怖に、傍観者の無気力を見せ、幾度も、何気なく、
歩み続けることが必要なのかもしれない。恐怖を騙し、
切望を騙し、希望を騙し、未来を騙し、自身を騙す。

僕を受け入れる、輝ける王国など無いと。

すべてを偽り、騙し、ただただ、歩く歩みを止めない。
それが、今、恐怖に対し、僕が出来る最善の抵抗に違いない。

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Posted from Drift Writer on my iPad

抗しがたい事実

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綺麗な世界をどうしても求めてしても自分たちです。
自然ではそんな世界は生まれてこないから、
自然と力を加えて、自然を変化さえててしまう。

抗しがたい、人の性には違いない。

だが、残念ながら人の世を一瞬で変えてしまう変化は、
醜悪な底辺から不自然に、突然に、生まれることがある。

製品も、サービスも、国家も、そして宗教も。

生理的に受け入れられない容姿や、性質を持ち合わせた
存在が、人の世を美しく輝かせ、希望に満ちた平和を作
り出す。自身は真逆なのに。

理解できない土にまみれた醜悪のただ中から、希望と平
和と、何よりも美が生まれるのだから。安定と秩序を
重きとする世界からは産まれない。

だからこそ、真実の変化は厄介で、はかなく、生まれづらい。
だからこそ、日本では生まれづらい。 かもしれない。

あるpodcastを聴いて想う。

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Posted from Drift Writer on my iPad