さてと、無価値で無意味な文章のお出ましだ。

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映画も観られる。小説も読める。そして、昼寝も楽しめる。
そんな中、あえて文章を書いている。書きたいと思って、書いている。

グールドのピアノを聴きながら、こうして文章を書いている。

時間は存分に残されている。自由に使える時間だ。その豊かな時間のまっただ中で、数々の選択の中から、文章を書くことを選んだ。

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不思議なことだ。

なぜ、選んだろうか。もしかしたら、最も効果の無い選択なのかもしれないのに。本を読めば知識が得られる。映画を観れば、物語に胸ときめかせられる。寝れば体力が復旧する。

しかし、文章を書くことは、自分のつたない思考を外側に出す行為だ。それも、正しく出せるかどうか不明瞭ならば、出したところで歪な塊に過ぎない。

それに、内なる思考というやつが、ひとかどの存在ならば価値も意味もあるというものだが、平々凡々とした生き方を貫いて数十年生きてきた男の中身からは、まったくもって出てくる気配すら無い。

趣味として、戯れ言として、好き勝手に意味も価値も無い行為をすることが、人の性というならば、それ故に、こうして大切な時間を使用して、文章を書いているのだろう。

こんな気持ちにさせ、こう名ことを書かせるのは、今、久方ぶりの何も無い時間を過ごせるから。誰にも、なにごとにも、制約、契約、要求されることない時間を、これから数時間過ごすことができる。

これこそが、人生。そんな時間を使うことが出来る。

この無価値で、無駄な時間。ようやく誰にも役にもたたない文章を書き綴る勇気と決意を持つことができた。

なかに、埋もれた言葉の片鱗を、Macに向かいながら、親指シフトをゆっくり確かめて打ちつつ、掘り起こしている。目的と、意味があり、人々に価値をもたらす。そんな、記事となり得る文章もいいだろう。だけど、ときには、人の役にも価値にもならない、身勝手な言葉を、憚りつつ書いてみたい。

今日、この時間がそんなときだ。








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