Gunmamaebashi201711 00001 01

彼とは違う「風立ちぬ」を読む。言葉のはかない美しさを堪能する。

出張中の身として、今日は急遽仕事が無くなったので、こうして、ブログを書いています。この間Kindleにダウンロードした、アニメで有名になった。「風立ちぬ」です。

「風立ちぬ」の感想を書くというと、決まって宮崎駿氏のあれを思い浮かべます。ネットで検索しても、ほとんどすべてが彼の映画の評論です。

ただ、その映画にも、原作というか原液となる作品があり、宮崎氏はそれに触発されて、「風立ちぬ」を作りました。その、原液たる作品の一つに、題名が同じの堀辰雄著「風立ちぬ」があります。


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気まぐれで読み始めたこの作品でしたが、予想以上に心を打うちました。このような、小説との嬉しい出会いは、時間をかけて読んだかいがあったと思います。

この小説、本当は読まないつもりでした。それは、僕がある種宮崎アニメに苦手意識があり、彼が、表現する世界に納得できない部分があるからです。特にそれを強く感じたのが彼の作品「風立ちぬ」でした。

そのため、どれだけ小説としての評価が高くても、自ら進んで読むことはないと思っていました。

それが、長期出張のために、暇つぶしとして何とは無しに青空文庫より、Kindleにダウンロードし読み始めました。

日本語の小説を読むといつも思うのですが、ときには日本語の美しさを見せつけられる文章を読まないといけない。卓越した文章の才能に満たされた言葉の数々を目の当たりにして、自分の貧相な姿を振り返る機会を得なくてはいけない。と。

「風立ちぬ」の文章はまさにそのお手本となるほどの美しさでした。

人目を引きつける過度な表現をしているわけではありません。意表を突く、物語を描いているわけではありません。しずかに、たしかに、進んでゆく人生の終焉への過程を、作者と思われる男の目で書かれてゆきます。

平坦な言葉。日頃、何気なく転がっている言葉の組み合わせで、ここまでも、哀れに、切なく、それでいて愛を交わらせながら共に生きる二人の姿を描けるのかと、感心しました。

病床の上で、死を受け入れながら、健気に男性のことを思いやる婚約者。それを、傍観者としていたわる主人公。しずかに病魔が蝕み、互いのか限られた時間の中で二度と無い時間を、こうも抑揚を消し去って、美しく語り切った何気ない文章の連なりの心地よさに魅了します。

この、物語を忘れ得ないものにした一つは、婚約者 節子の愛らしさです。読んだ後でも胸に浮かび上がる彼女の所作が、美しいとも、哀れとも、言える印象を心に残します。

物語は、潰える姿を最後まで描くこと無く、突然、失った魂を振り返る主人公の生活になります。

残された魂の独白が、前にも後ろにも進めない人生の非条理ともに、確かだった愛の喜びを語ります。彼は、幸福だったのか、はたまた、不幸なのか。最愛の人と出会い、その人を失った。その、結論の出ない美しさの中で、物語は唐突として終わる。人生が明確な結論を決して出さないように。

それにしても、「風立ちぬ」イコール宮崎映画となるのはとても残念です。とても素晴らしい作品なので、皆手に取って読んでみて欲しいと思います。そんなこと書かなくても、古典的名作として、みんな読んでいるはずですが。匂い立つ哀れさは、この作品の方が断然ありますから。









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