Ginza201711 00001 01

自他共に認めるスマホ依存症を患っている僕です。

気がつけばポケットからiPhoneを取り出して、画面を眺めています。別に目的があってのことではありません。見つめながら目的を探しているのです。

ほんとうならば、必要の無いことです。

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この数日、かなり僻地に出張できています。ときどきこんなことがあり、通信もままならない場所に赴くのです。

そんな場所に来ると、決まっていつの間にかスマホ依存が治っているのです。なんだか、知らないのですが、忙しなくポケットからiPhoneを取り出さなくなり、目的があるときしか、親指の指紋を押しつけなくなります。

なんででしょう。テレビもないし、ラジオも聞こえない。そして、通信回線が貧弱なので、ほとんどネットにアクセスしなくなり、ちまたの話題やを観なくなります。

自分の目の前のこと以外は知ることが出来ないし、知ろうともしなくなります。

ここに来る前は、iPhoneXがどうしても僕には必要だ。とか、iPhone8を最低でも買わなくては。でも、お金が無いしどうしようか?なんて、考えが千々に乱れていたのです。

それが、その数日すっかり無くなって、なんだかどうでも良くなりました。と、言うほどではないのですが、かなり思い煩わされなくなっています。

別に、最新のガジェット不要論をぶつ、ちょっとした知識人みたいなことは、まったく言うつもりはないのですが、こんなことがあると、使い方を考え直さないとと、思ってしまいます。

iPhoneなどのスマートフォンは、実に素晴らしい発見です。時代に革命を起こした製品に違いありません。

その素晴らしさを余すこと無く、使い倒したいと日々思ってしまいますが、それ故に、囚われてしまっているところがあります。

この数日、細い回線ながらなんとか送られてくるメールを、ときどき確認したり、ダウンロードした、Amazonプライム・ビデオの映画を観たりするぐらいで、ほとんど手に持つことはありませんでした。

それでも、やっぱり、スマホは便利だと感じるし、必要なものだと思います。

あえて、ポケットに入れたまま、使わない。そんな潔さがスマートフォンの本来の使い方なのかもしれません。

 








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