誰にも見えず、気にしてもらえず、それでも自然と湧いてくる欲望。二つの性をこれからも。

賞賛とは遠くとも

頭で考えたら一円にもならないし、世界中のたった一人からも賞賛の声が聞こえないのに、つい、やってしまうことがあります。

本能というのでしょうか。習性というのでしょうか。頭で考えて時間も資産も無駄であると結論付けているのに、行うことがある。

それが、僕にとっては写真を撮ることと、文章を書くことです。

書くことも、撮ることも気がついたら無性にしたくなってしまう。このブログも数日間書かないと、気持ちが落ち着かない。もちろん、たくさんの人が読んでくれるわけでもないし、固定の読者がいるわけでもない。たぶん。

それでも、書かないわけには行かなくなってしまいます。

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ブログの基本は散在!?だからいつもネタ貧乏

いつもは大好きなApple製品のことを書いているのですが、そうしょっちゅう話題があるわけでありません。先日のように発表会かなにかで、魅力的な新製品が出たら勢いで書くことも出来ます。

ただ、それも長くは続かない。

だいたい、Apple系というかガジェット系のブログやYouTubeは基本的に何かを購入して、それを使った感想を伝えています。もちろんそれ以外にもあるとは思いますが、だいたいそうです。

出たばかりの製品を開封して、性能を具体的に検証し、前のものよりもどれほど良くなったのか、悪くなったのか、個性的な視点で語ることが、そう簡単に買うことが出来ない人にとってはとてもためになります。

しかし、年中金欠病の僕には自腹を切って購入するした製品を、事細かに紹介することなんて、夢のまた夢。もちろん欲しいし、使った感触を味わいたいのはやまやま。が、人生を借金まみれにして、破滅することなんてできないのです。

詰まった時でも書いてしまう哀しい性

書くネタが完全に煮詰まったときには、こうして日頃思いついたことをとにかく書いています。でも、名もなき中年男が書いている自己満足の文章なんて、誰も興味を持たない。これは、自分自身でもそう思います。

それでも、書いてしまうのが哀しい性なんでしょう。

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自然と湧き上がる写真へ欲求

もう一つの性と言えば、写真。

最近、D7200にしてから持ち出すのが億劫になってなかなか撮影が出来ないでいるのですが、写真を撮ることへの思いは消えていないと思うんです。

ちゃんと、写真を撮るための時間や場所を確保できないので、そこそこ大きく目立ってしまう一眼レフカメラを持ってうろうろ撮ることが出来ません。撮らなくなってしまって気がついたらけっこう経ちました。

それでも、街を歩いているとき、近くの公園を散歩しているとき、出張先などで、目に飛び込んでくる印象的で美しい場面に出会うと、手の中にカメラがあればと悔しく思います。

写真を撮りたい欲求が自分の中に潜んでいます。

今ここにあるiPhoneこそ機会を最大限に与えてくれる

この間も仕事で訪れた街を歩いている時、華やかな街のを夕方の斜陽が紅色に染めていました。紅く陰影を付けた建物の下を家路に急ぐ人々の流れに気がついたら見とれています。

今僕の手の中にカメラがあったなら、と思います。でも、カメラはあるじゃないですか、ポケットの中に。そう、iPhoneが。

iPhone7Plusを買ったときには、これで写真を撮り、作品として高めようと意欲があったのに、最近では撮ることをしていません。撮る人の腕一つで、人様に売れるぐらいの写真が撮れるのに。

夕暮れの時間は矢のように早い。終焉の時間は刻一刻近づいていく。ポケットからiPhoneを取り出し、美しさを保っている残り少ない風景に向け、iPhoneのシャッターを切る。

一眼レフカメラで撮るより、画質は劣るのは違いない。でも、撮らないことには何も残らない。多少の質よりも、機会を大切にしなくては。その機会を最大限に与えてくれるカメラがiPhoneなのかもしれません。いつも傍らにあるのですから。

最近では昼の散歩や、少しの町歩きの時にもD7200を持ち歩くようにしています。まだ、3日ぐらいですが。ただ、いつでも持ち歩くことが叶わないので、iPhoneでも写真を撮ることで、機会を作り、写真への欲求を満たして行くつもりです。

ゆっくりと大切に人生を歩くために

だらだらと、書いてきました。

書くことと、撮ること。この二つの性をこれからも消さないように、ゆっくりと大切に人生を歩いて行ければなんて、柄にもないことを考えています。







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