凡庸雑記「不安」





この間ポッドキャストを聴いていたら、「不安」のことを話していた。

四六時中、不安で仕方がなく、心配事が多い僕としては、これは聞かねばならないと、耳をそば立てた。

内容は意外だった。人類は不安だったから、今の今まで生き延びられたのだ、と。



不安を感じやすいものが、危険を感じ、恐怖を持ち、一目散に逃げる。それで、命が繋がっていく。らしい。

狩でも、巨大なマンモスに正面から突っ込んでいくものよりも、脇から恐る恐る眺めながら、あらかた弱った時に槍を刺す方が生き残る確率が高くなる。



戦争でも、勇敢に突き進んでいくよりも、怖くなってさっさと逃げるほうが命がつながる。

今こうして、生き残った僕たちは、そんな不安を感じ、一目散に危険から逃げたものの末裔なのだ。なんて、ことを語っていた。



こんなとを聞くと、人一倍気が小さく、あちらこちらで、誰も彼もに、恐れと不安しか感じない僕は、生き残るための能力がとても高い人間なのではないかと、頓珍漢な自信が湧いてくる。

実際は、生きるのがきついばかりで、生き残るのも世知辛いなあと思うばかりだけど。



世の中には、恐怖や不安を全くと言ってほど、感じない人がいる。どっちかと言うと、そんな人の方が、強く逞しく強かに生き残ってきた末裔ではないかと感じてしまう。

僕の知り合いにも、この人は一体どう言う神経をしているんだと思うほど、根本的に恐怖や不安を感じていなさそうな人がいる。



いっとき、関東で戦々恐々となった放射能のことも、大して気に留めることもなく、仕事の関係でなんらかの防護対応をしなくてはいけないと、皆で訴えても。馬耳東風。軽く受け流された。

そして、今、深刻な状態のコロナも、ある社員がコロナになっているのに、社内でウロウロして皆がこいつ!なんちゅうやっちゃと、怒り心頭で彼に訴えても、今どきコロナで死ぬことはないと、実に軽く受け流された。(事実は重症化している人も多い)



彼本人は、科学的根拠の元に判断している様だが、現実的に支障も出ているし、万が一社員の大半がコロナになってしまったら、業務が停止してしまう。客先にも多大な迷惑をかけてしまう。

僕なんかは、コロナ云々だけでなく、全体の影響を考えると、恐ろしくて夜も寝られないほど不安になるのだけど、社会人として責任を持った生活をしているのだから、大袈裟なぐらいがいいと思うのだけど、現に確実に起こってはいないのだから、不安がって騒ぐ必要はないと言う。



最悪を思い描いて、慎重に確実に対応していく、不安ばかりの人間か。彼のように、起きてもいない最悪で意識と時間を奪われるのを、愚の骨頂と考えるのか。

人それぞれ、考え方があるとは思うが、一体どっちが生き残るのか。一応、ポッドキャストで聴いたのは、不安満載の方。まあ、実際のところ、一概には決められないところもあるので、時と場合と言うしかないのだろうなぁ。



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