凡庸雑記「紛失」Apple Pencilが無くなってしまった悲しみに

困ったことにApple Pencilを無くしてしまった。

車の中まではあったのだけど、家に入ってからモノがない。記憶もない。

iPadにsmart keyboardを付け、Apple Pencilはマグネットで本体に付けていた。

家に入るなり、居間に無造作にiPadを投げ置いたのが悪かった。気がついたらApple Pencilは影も形も消えていた。

慌てて、iPadの周りを探してみたが、どこにも見当たらない。ケースに入れて、家の中までは持って入ったのに、どこへ行ったやら。不思議でならない。

散々探して諦めて、無くなったのもは仕方がない、絵描きでもないボクは、さほどApple Pencilを使う機会はない。ここはジタバタせずに、素直に諦めて、Apple Pencilのない世界を生きて行くと哀れにもうそぶいた。

今まで、いつ落ちるか、無くなるか、ヒヤヒヤ気にしつつ生活をしていた。素晴らしく美しいApple製品は、余計な収納を良しとせず、マグネットだけでかろうじて付いているでけの潔さ。そこそこ強くは引っ付くが、何かの拍子でコロコロおむすびみたいに、転がってしまう。

こんなのだから、ほんのちょっと気を抜いた瞬間に、天に召されたのか、異世界に転送されたのか、浮世から消え失せた。

人というのは、何事も失ってから、その価値と効果を知るものだ。

今日、仕事先で、資料にメモを取ろうとしても、iPadにない事を知る。いつもの如く、iPadにサラリサラリと書き加えることは叶わない。基本的にiPadに資料を詰め込んで、仕事に臨む習慣が板についていたのに、これは結構歯がゆい。

それに、文字の手書き入力も出来なくなった。iPadとpencilと協業することで快適に使えるiPadアプリも魅力が失われる。

冷静に考えて見ると、Apple Pencilを失った重大さが身にしみる。いっときの気の緩みが、呪わしく、絶望的後悔に苛まれる。

買えばいいのだが、そうすれば解決するのだが、何せ数万するお宝品。今の状況ではどうしても二の足を踏む。家中を必死で探すか、不便極まりない生活を甘んじるか。悩ましい日々である。

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