日本映画の良さとは何だろうかと考えさせられる映画を観ました。 最近は日本映画でも大作が多く、派手なアクションで人を惹きつけるものが 多くなりました。でも、何か違っている気がして、なかなか納得出来る作品に 出会う事ができません。

本質的に今の日本では、大作と言われる映画は似つかわしくないのかもしれません。 激しい戦闘の中で争いの悲惨さや、多くの人が命を落とす場面に人生の悲惨さを見せ ていく、それこそが映画の醍醐味であり、その中でこそ人の世を赤裸々に描くことが できると誰もが信じています。

でも、静かな日常の中で、流れる風景や交わされるなにげない一言で、すべてか表現 されることもある。いや、その中でこそ、よりいっそう人生の不条理な機微が表現 できる場合があります。そんな表現こそ日本人に向いているのでは無いでしょうか。

最近観た映画に「麦子さんと」があります。

堀北真希主演で、兄弟の元に捨てた母が戻って来てからの、彼女の心象風景が静かに 描かれていきます。

残酷な映画です。生まれたばかりの子供を捨てて家族の元を去った母が、子供と再び生活しよ うと子供のアパートに転がり込んできます。もちろん突然帰ってきた母に対して彼らは辛辣で、 残酷です。それを、笑いながら受け流す母はとても哀しい。

そこから、母と子の和解の物語になると思いきや、あっさりと、娘の罵声を浴びながら死んで しまいます。そこから、本当の物語が進んで行く。

納骨のために母の故郷に初めて訪れる娘。彼女を見たとたん、母の生き写しであることに驚く 故郷の人々が実に愉快であり、それほど人の記憶の中に存在史を残した母の存在に、驚きと 人生の理不尽さを感じます。これほど人に愛されていたのに、結局は見る影の無い老いと、 容赦ない病の中で死んでいったことに。

母の過去を知る多くの人々の中で、輝くような母の周辺を見つけ、じわじわと人として認識 していく過程が何気なくて、静かで、自然です。

堀北真希はそれほど好きな役者では無く、どちらかというと内面に激しいものを持った人が 好きなのですが、この作品では彼女の表現の薄さが丁度良くて、物語に不思議な感覚を作り 出しています。

それと、彼女の周りの配役がしっかりとした演技巧者をそろえており、全体を現実的に引き締 めています。

これら役者達を、流れるように力まず演出しきった監督の潔さに平伏しました。

それにしても、静かに、流血の事件も無く、生活の延長なのに、最初に書いたように実に残酷な 映画です。驚くほどに。

確かに、母がどれほど自分を愛していたのか、それを理解した事を知った段階で物語は終演します。 でも、根本的にはまったく救いの無い映画だと感じます。あれほど人を惹きつける魅力と、 成功への希望、それを、反対しながら最後は最愛の思いで送り出した母の両親。

しかし、それは実ること無く、その残像とも言えるけたたましく鳴り響く目覚まし時計を持ちながら 生きている。その目覚まし時計も自分の娘により壊されてしまう。知らなかったとは言え、残酷な 仕打ちです。

娘に対しても、墓前の前で最高の笑顔を見せて希望を語ったその言葉は、親子の乖離で終わってしまい ました。

そして、最高の希望の存在であった娘が本当に母の愛を知ったのは、彼女が亡くなった後の物語で した。それでもいいかもしれませんが、結局は無くなった後、実際に言葉や体を触れあえない時な のです。

また、そんな娘も母のように、夢と希望を持っています。声優という。しかし、表現力が貧困な彼女は 到底声優では生きていけないと感じます。皮肉な希望と転落の物語を、同じ様にたどるのか?そんな 嫌な不安を感じつつ終わってしまいました。結局は、暖かで、穏やかな人生の一篇を描きつつ、実は 残酷な現実を潜ませている苦みを感じる作品でした。

まあ、まったく僕の身勝手な見方なので、人情映画として実にいい作品です。こんなことを考えながら 観るのはかわいそうな作品だと思います。でも、最後の堀北真希の感情が吹き出した演技はなかなかの ものです。一度ご覧あれ。