Netflixでいよいよ「PLUTO」(プルートゥ)が始まった。

アトムを題材に浦沢直樹が新たに作り上げた意欲的な作品。多くのファンを得た名作。らしい。

残念ながら、僕は彼の作品は「パイナップルアーミー」、「マスター・キートン」それから「モンスター」以外は読んでいないので、噂では聞いていたが、実際自分の目で確かめてはいない。

正直なところ、初期の彼の作品、原作者は別にいて、絵を彼が担当。その作品たちが好きだった。「パイナップルアーミー」、「マスター・キートン」がそれ。

辛辣な社会風刺や世界情勢を盛り込んだ無骨な物語を、浦沢氏の柔らかく、飄々とし、ユーモアを感じさせる絵が包み込んで、とてもいい味わいになっていた。それぞれの良さや、悪さをいい具合に補っていたと感じ、好感を持っていた。

それが、彼自身が原作も、それも、完全オリジナルをやるようになり、あくまでも個人的な思いだが、彼の意思や業みたいなものが、包み隠さず絵に現れるようになり、少し一歩引いたところで人間を客観的に柔らかく見つめる視線が少なくなった気がして、なんだか、望んでいたものとは違うと、遠ざけるようになった。

これはあくまでも、僕の身勝手な感想だし、書いた通り彼独自で物語を築き始めてからは、触手が動かなくなったので、まともには読んでいない。数ページめくっただけの、直感みたいなもので、判断してしまった。

で、この作品も、もちろん読んでいない。連載していたのは知っていて、ぱらっとは覗いた。

ただ、今更ながらなぜアトム?と、陳腐な疑問しか頭に浮かべることができず、昔とは違い、彼の熱した鉄棒のような漫画への情熱というか、焦燥というか、なんだか相変わらず没入した精神をそのまま書いているなあと、過去の少し離した才能の表し方を懐かしく思い出しただけだった。

もちろん、世間ではとても評判が良く、かの天才手塚治虫に真っ向から取り組んだ、稀代の意欲作であり、浦沢氏の才能が遺憾なく発揮された、名作であると評された。(ごめん、漫画は疎いので多分そうだろう。それでなきゃ、今回の一代大作アニメにはならないのだから)

で、延々と訳のわからんことを書いてしまったが、結果のところどうだったん?と、聞かれると、こりゃ、とんでもないもんを創ったなあと、感嘆している。

幾重にも織り込まれた重厚な人間物語。(これは生物の人間と、創作物の人間つまりロボット双方のこと)一体どう物語が絡み合って、転がり合い、終焉を迎えるのか。片時も目が離せないとは、これまた陳腐な表現だが、この物語のことだ。

これが、完璧に忖度無しに、全物語を描くため、太く重厚な物語が一話なんと1時間ほどあり、それが、全8話もある。アニメは大体25分ぐらいで、多少重くとも一気に見切ることができるが、この、重厚さで1時間とは恐れ入る。

たった1話、見る側もへとへとになるのは必然、作る側はそんなもんじゃなかっただろうと嫌でも察してしまう。一寸の狂いもない絵作りに没頭し、その中にある、斬新な表現方法に唸らせられる。

これほど、完成度の高い作品を、たっぷり存分に見られるとは、法外な喜び。

確か、かなり時間がかかったらしい。これだけの内容を作るのだから、時間も金もかかるだろうと、心から思う。

ふと、思ったのだけど。登場人物たちの造形や、表情や所作の現実味が、全く妥協無しで作り込まれている。所詮と言っては身も蓋もないけれど、現実ではなく複数枚の絵を使って、人が生きていると錯覚させている。

そんな幻のような世界をここまで作り上げ、人の心を揺さぶり動かす、高度な創作技術に頭が下がり、魅了されている。

だけどだ、内容が素晴らしく魅了されればされるほど、心のうちで冷静な思いが湧き上がる。完璧にこれほどまでに、演技や造形が練り上げられているのなら、どうしても生身の人間のドラマとして見てみたいと言う、冷たい欲求が。

盲目の音楽家と、戦場で同胞を殺戮し続けたロボットの物語。これは、感涙を誘う内容だった。これなど、音楽家をヨーロッパの名優にやってもらったらどうだろうかと、夢想しながら見ていた。

僕の基本的ベースが映画というのも影響しているが、これだけ、アニメとしての枠組みを超えるべく作られた作品だから、少し、横にずらすだけで、実写ドラマとしての名声を勝ち得るに違いない。それこそが、この作品の本来の目的地だと思ってしまう。

この物語の根幹に、人と、それを模倣し作られたロボット。その、関係と存在。そして、違いが描かれている。人が作ったロボットが、限りなく人になったらどうなるのか。いや、それ以上の存在になった時には。

命と言う目に見えない部分を持ち、変化し朽ちる肉体で作られる人が、ロボットに対して優位を保ち続けられるのか、保つべきなのか。

柄にもなくそんなことを考えていたら、このアニメに皮肉な思いを持ってしまった。素晴らしい技術と、演出、演技で感嘆するほどの作品に昇華されればされるほど、生身の人の演技で見たくなってしまう。現実のドラマや映画として作れないか。

誤解を与えてしまうかもしれないけれど、作れるならば、人の肉体でその演技で見てみたくて仕方がない。それほどこのアニメは、アニメの枠を超えた生身を感じさせるものだった。

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