「ザリガニの鳴くところ」感想

図書館に本を返しに行ったら、新刊の棚に「ザリガニの鳴くところ」が置いてあった。

確か、全米で記録的なベストセラーになって、映画も作られた。前から気になっていたから、この出会いを大切にして、手に取った。

話の骨子は、ある男性の死。それが事故なのか殺人なのか。

ただ、それが軸となっているのだけど、それ以上に語られるのは、人里離れ鬱蒼とした湿地の奥に一人生きている少女から女性になる一代記。

見捨てられた少女が、見捨てられた土地で、奇異な目で見られながらも、自然の中で豊かに生きていく。そんな姿が、細やかで丁寧な文章で綴られていて、とても好感を持った。

架空のこの少女が本当に生きているのではないかと、どこかの誰かの伝記を読んでいるのではと、錯覚させるほど作者の想像力と、観察力を感じる。

作者のディーリア・オーウェンズ自身、作家だけでなく動物学の理学士号を取得している、学者。通りで、通り一辺倒の自然や動物の描き方ではなく、これでもかと、細やかに豊かに自然を描き、主人公に出会う動植物をいきいきと語らせている。

これが、ある種のドキュメンター風の現実感を得させ、物語と人物に深みと豊かさを持たせた。

幼い時に家族が離散し、たった一人で湿地の小屋で生き抜く幼い彼女の姿は胸を打つ。そして、若者との出会いから、彼女の類まれな知性が開花し、湿地の研究者、発見者、記録者としての才能が無限に開いていく姿は、心を熱く勇気づける。

ただ、この物語の骨子は死亡事件であり、法廷での息の詰まるやり取り。事件なのか、殺人なのか、そして、殺人ならば、彼女なのか違うのか。

少女から聡明な女性。愛と苦悩の成長物語が進み、いつになったら事件は進むのか、残されたれた紙面で収集できるのかと気にしつつ読んでいたら、話の三分の一になって、急加速で法廷ドラマとしての色合いが濃くなって、最後まで一気に加速してきた。

彼女には、明確なアリバイがある。しかし、それを覆す様々な証言や、覆す推測が出てくる。普通に考えれば、遠く離れた場所にいて殺人をする時間などない。

一体、どうなるのだろうか。巧みな展開に胸を高ならせながら、ページを捲る。

結果は、実際小説を読んでもらうか、映画を見てもらうかのお楽しみとして。

最後の最後の数行。これには、完全に納得させられた。法廷中ある種のもやもやが募り、結果が出た後でも語られずに場面が展開される。その、整理付かずの気持ちが一刀両断に切り抜かれた。お見事としか言えない。

こんな感じで、できるだけネタパレ無しで、読んだ気持ちを書いてみた。かなり長い小説だけど、自然を楽しむ感じで、ゆっくり海岸線を船で進む感じで、楽しめばいいと思う。

ちなみに、その後、Amazonブライムで映画も配信されていたので、即、視聴。

あまり日本では話題にならなかったと思うので、面白いか不安だったけど、結構楽しめた。

小説には要所要所に詩が引用されるのだけど、映画では流石にそれは行わず、代わりに、美しい自然や愛らしい動物を差し込んで、物語が持つ美しさを描いていた。

主人公の女性も、まさにそのものって感じだった。山猫のように身のこなしが機敏で、鋭く表情を変える眼、整った顔立ちに、長い黒髪。野生かつ知性、相反する表情を持ち、とても満足だった。

終始、美しい自然と、清濁かね合わせた人のドラマを、丹念に描いて好意を持った。ただ、あまり話題にならなかったのは何故だろうかと思ったら、個人的に裁判でのやり取りがとても淡白で物足りなかった。

小説を読んでいてわかるのだけど、次々出てくる証言や、犯罪立証しようとする、防ごうとする弁論、それら裁判での暗く思いやり取りが、立体的に事件を浮かび上がらせた。

そして、全て終わった後の、本当に全て終わった後の、一編の詩。その、軽い衝撃はこの物語の白眉。全体的に長い物語だから、全体を考えて、骨子は理解できるだろうと、切ったと思うが、ここをもっと、丁寧に克明に扱って欲しかった。

一度読むだけで終わるのは勿体無い小説の一つだと思う。

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