僕は万年筆です。名前はもちろんありません。

最近のご主人様、本当に困っています。 僕を手に取りながらも、
上手いこと文章が出ずに途方に暮 れています。

言葉のリズムがまったく消えて、文章がはねていません。
昔は、僕でも笑っちゃうような、生きのいい文章を書け
ていたはずなのですが。

へたなビジネス文章にように、堅くて、歪なものになってい ます。

なんだか、昔は書くことに希望みたいなものを持っていて、 それが、
へたなりに輝いていた。それが、人を引きつける 愉快な印象を与え
ていました。

いったいどうしたのでしょう。僕が感じるに、勝手に思う に、ご主人。
未来が見えてしまったのではないでしょうか。 自分にとって不都合な、
限界といえる到達点が。

書くことへの不信と戸惑いが、はねるような言葉の輝きを 失わせ、
気を遣うばかりの下手な言葉運びに終始する、 お粗末で無意味な文
章にしてしまった。

ご主人、書くことはまだ大好きだし、僕を手にとって、 無心に書い
ているときなど、集中したいい顔をしています。 だけど、それは、
人に伝える術の無い、自己満足の域を出て いません。 文章を書き、
人へ何かを伝えようとする、感じさせようとす る、創作物にはな
っていないのが現実です。

それを、誰より も望んでいたのに。墜落した希望がここにあります。
まあ、それはご主人の問題ですし、僕があれこれ手を出し 変えるこ
とも出来ない。

なにせ、僕はたんに、手にとっても らい、紙に文字を書き記すだけ
の万年筆なのですから。ただ の道具です。それ以上でも、以下でも
ありません。

ただ、せめてもの僕の役目で、極上の書き心地は提供します。 そのこ
とで、書くことの愉しさを、ご主人が感じてくれてい るならば、本望
だし、自分の自信になります。

だから僕は、静かに、筆箱の底に居て、ご主人が手に取って くれるこ
とを、待ち続けたいと思います。 誰かの言葉で、やめることは簡単で、
続ける事は難しい。 そして、続けないとなにも生まれない。とありま
した。

最後にご主人にはこの言葉を贈り、静かに待っているつ もりです。